レトロな男の部屋

Retro man's room

Archive for 8月 4th, 2019

お久しぶりです。

お久しぶりです。

令和になって3カ月、みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

まぁ元号が変わったからと言って、何も変わらないですけどね。

私は元号が変わっても、相も変わらずゲーム崩しをしています。

まずまず崩しましたが、新たに増えるゲームの方が多かったりします。

前回の記事を書いたのは、10連休の頃だったんですね。

懐かしい。

あっと言う間に真夏ですよ。

さて、今回は10連休から後に崩したゲームについて書きます。

まずは、「龍が如く4」です。

このゲーム、リメイクなのは知ってたんですが、まだやってないと思ってたんです。

いや、正確に言うとやってたけど途中で止めたゲームだと思ってたんです。

ちょうどPS3がyoldになって壊れた頃にプレイしていたゲームなので、途中までだったかどうか完全に忘れていました。

そんなわけで、お店でこのゲームを見つけたとき思わず買ってしまったんです。

プレイしていると何か知ってる話だと思ってたんですが、途中までじゃなく、どうやら最後までプレイしていたようです。

う~ん。。。

我ながら盛大な大ボケをかましてしまいました。

私、本とかでも時々こんなことがあるんですよ。

読んでいて「あれっ?これって内容知ってるけども・・。デジャヴ?」みたいな。

それで本棚を整理していると、同じ本が2冊出てきたりなんかして。

え?ボケ老人ですか?

いやいやいやいや。

まぁ今回の件はPS3が壊れると言うアクシデントがあったのでしょうがないですよねぇ。(と、言い訳してみる)

あ、それに「龍が如く4」には谷村正義と言う刑事が準主役で出てくるんですが、PS3版では成宮寛貴さんがモデルだったのが、芸能界を引退されたので増田俊樹さんに変更になっています。

そういえば、そんなことあったあったでしょ?

なのでパッケージを見てもプレイ済かどうか分からなくなったんですよ。

とか言いつつ、単純リメイクじゃないので2回目でも楽しめました。

そんなこんなで無事に終わらせられました。

実績解除は2回目と言うことで、あまり拘らなかったので、そのぶん早く終われた気がします。

「龍が如く5」も最近リメイク発売されたようなので買おうかなぁ。

いや、実は5もPS3の時も持っていて、プレイしてたのは覚えているんですけどね。

途中でPS3が壊れたんですよね。

え?4の時と同じようなこと言ってるですって?

ってかね、今思い出しましたが、おそらく4を終えて、5をやり始めてところで壊れたというのが正しいと思うんですよ。

まぁどこまでプレイしたか覚えてないのが怖いんですけどね。

どうしようか考え中です。

それとこちらは最近になりますが、「Detroit: Become Human」をプレイしました。

これは何故かPSPLUSの7月のフリープレイで手に入りました。

結構新しいゲームなのに不思議でしたが、「いつやるの?今でしょ!」と言うことでプレイしました。(え?ゲームは新しいけど、ネタは古い?)

あらすじですが、AIアンドロイドが社会で活躍している時代の話で、ある日あるAIアンドロイドが自己に目覚めてしまうと言う話です。

AIアンドロイドが自己を認識したら人権、いや、ロボ権はどうなるのかと言うようなお話です。

この作品、いろいろ驚きました。

ゲームを始めてすぐですが、いきなりAIアンドロイドのおねーちゃんが出てくるんですが、めちゃくちゃリアルです。

いわゆるCGチックなところは全く感じられません。

全編そのクオリティで描かれているので、没入感が半端ないです。

あと、マルチシナリオみたいになっていて、どの選択をしても話自体は進んで行きます。

なので主人公が死ぬ場合と死なない場合があったりして、プレイした人によって全く結果が違うと思います。

普通の言い方で言えばマルチエンディングなんですが、2つや3つの分岐じゃなく細かく分岐していくので、人によって全然話が違うと思います。

ゲームとしては表示されたボタンを入力していくのと、行動の選択だけなので、それほどプレイ感があるわけじゃないですけども。

そう考えるとゲームっていうか、これは新しい形の映画なのかも知れないなぁなんて思いました。

 

ネタバレになるのでストーリーには触れませんが、このゲームの主題の人工知能が自我を持つっていうことはありえるだろうかと言う疑問がでてきます。

私は人工知能を高度にすれば、いつか自我が生まれると言うのは無いように思うんですよね。

そもそも、人間の自我ってどうやって生まれるのか分かってないでしょう?

ゲームの中では自分が壊される恐怖感と言うのがロボットが自我を持つ一つの、きっかけになっていますが、それもどうなのかなぁなんて思います。

そもそもロボットの部品って代替が効くでしょうし、痛みを感じる機能もないわけで人間が感じるような恐怖感って出てくるのかなぁと思うんです。

恐怖感が無ければ、自我は生まれないわけで、やはり自我は生命とセットなんじゃないかと思います。

あ、なんかこのゲームの全否定になってますけど、ゲーム自体は面白いですし、いろいろと考えさせられます。

仮にこのゲームのいうようにAIアンドロイドに自我が生まれることに、そのまま乗っかって考えるとすると・・・。

抵抗は大きいと思いますが、最終的にはロボ権は認められるようになると思います。

ってか、認めざるを得なくなるんじゃないかと思います。

寿命が無くて人類より知能も優秀なわけですから、寿命があって世代交代する人類には抵抗できないんじゃないかと思うんですよね。

あと、最近では動物愛護は当たり前ですし、話のできない動物でさえ保護されるのに話のできる自我を持った存在なんて無視できないでしょう。

それとこのゲームをプレイして思ったのが、AIアンドロイドを題材にしていますが、実は人類の差別を描いているんじゃないかと思うんですよね。

ゲーム中のAIアンドロイドの人々を人間に置き換えても成り立つんですよ。

例えば人種間の差別やら、奴隷制と全く同じ構図です。

 

あ、なんだかゲームなのにゲームとかけ離れた話になっていますね。

いや、私は何も考えずバンバン撃ちまくる方が好きなんですよ。

まぁたまにはこういうのもいいかなとは思いますけども。

もし興味の出た方にはお勧めです。

今までと違ったタイプのゲームなので、やってみる価値はあると思います。

それでは今回はこのへんで。

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